1979年、渋谷桜ヶ丘町…

 もう40年近く前の事、高校一年だった私が初めて出演させてもらったライブハウスが「渋谷アピア」だった。当時はシンガーソングライターに憧れていて、書きためていた数曲を人前で歌う機会を探していたのだ。その頃の唯一の情報源であった雑誌「ぴあ」のライブハウスのページによれば、いくつかあった新人を出してくれるお店の一つがアピアだったのだが、一方でそこは憧れだった友川かずき(現:友川カズキ)さんもしょっちゅう出演しているという恐れ多いお店でもあったのだ。
 世間知らずの16歳の高校生にとってマスターの伊東さんの第一印象は「怖そうなおじさん」だったのだが、ひよっこの自分にも熱く音楽を語ってくれたのを良く覚えている。元住吉で当時やられていた串焼きのお店にもお邪魔したし、確か日仏会館だったと思うがコンサート後の友川かずきさんに直接会わせて頂いた事もあった。しかしその後自分は弾き語りからバンド形態の音楽に興味が移ってしまい、結果的にアピアからも足が遠のいてしまった。
 それから30年経った2009年、ギタリストの福島久雄さんの協力を得て、高校三年の時に組んだバンド「元禄の茶壺」の活動再開を果たしたのだが、自分のルーツでもある「渋谷アピア」もまた「APIA40」として生まれ変わっていたのを知り、2011年にはついにここに還ってくる事ができた。
 時を経てお会いした伊東さんはすっかり好々爺然とされていたし、ハコも洗練された快適なものになっていた。でも――もしかするとそれはノスタルジーから来る単なる錯覚なのかも知れないが――店長が息子の玲育さんに変わっても、渋谷で感じたあのギラギラとした熱いスピリットは流れているように感じられてならないのだ。
 時代は変わって便利になり、洗練され、そして冷めて行った。いや、「覚めた」のかも知れない。でも変わらないものだってある。月並みかもしれないが、それを大切にしたい。

(APIA40情報誌「あたふた」2017年8月号掲載)

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